第2期生卒業に際して

第2期生卒業に際して(2009年3月15日)

先日、中国で起業に成功した友人が、日本支社を設立し、久方ぶりに来日したので、ささやかながら祝いの宴席を設けた。江戸前穴子の天婦羅をつつきながら、彼はしみじみと述べた。「日本はチャンスの少ない国ですよ。まさに『出る杭は打たれる』とはこのことですよ。」思い起こせば今から約10年前、世はベンチャーブーム、留学生として私と共に大学院に籍を置いていた彼は、日中の架け橋となることを夢見て日本で起業した。私も監査役として経営に参画し、2人とも学生ベンチャーの旗手とならんと理想に燃えた時期もあった。しかしながら、天は味方せず、会社はあえなく清算、私は学究の徒の道を選び、彼は夢破れ本国に戻った。本国で同じビジネスを手がけて大当たりし、日本へと捲土重来を期してやってきた彼の一言はあまりにも重かった。
「出る杭は打たれる」―この言葉は、彼の言うとおり、これまでの日本社会を象徴する言葉の一つであったと思う。画一的な学校教育、年功序列の雇用体系、一過性のものに終わったベンチャーブームなどを考えてみても、学校や企業としても社会全体としても新たなイノベーションを生みにくい体質があったことは否定できない。しかし、インターネットの普及や経済のグローバル化などにより、社会の不確実性は格段に増している。数多くの「出る杭」たちによるイノベーションが起きなければ、この不確実性の時代を生き抜くことは難しかろう。まさに、「出る杭にならなければならない」時代が到来したとしても不思議ではない。
私は着任当初から、“真面目ではあるけれどもおとなしい”という獨協生の気質に新風を吹き込めればと感じていた。グループディスカッションによる選抜に始まって、ケーススタディ方式のゼミ、企業人を招いてのプレゼン、上級生による下級生の指導など、さまざまなツールを使って、学生たちを“前へ前へと突き進む”気質に導いてゆこうと努力したつもりである。おかげで「学内で最も厳しいゼミ」との評価が定着し、ゼミの方針と合わない学生がやめるという多大な犠牲も払ってきた。しかし、現在残っているゼミ生は皆、将来の「出る杭」の候補者であり、今年卒業してゆく2名はその先陣を切ることになる。社会に出ても、「出る杭」となってさまざまな組織に変革をもたらして欲しい。
佐藤博紀君は、創設当初からの唯一のメンバーであるが、このゼミを人数の多い単なる人気ゼミに終わらせず、量から質へ方向転換させることに大いに貢献した。下級生に対し、時に厳しく、時に温かく指導する様には頭が下がる思いである。田畑亮太君も、3年生からの転ゼミ生ではあるが、このゼミのもたらす価値の大きさに気づき、後輩への動機づけなどに多大な力を発揮してくれた。このゼミで多くのものをつかみ取り、このゼミに多くのものを残してくれた2人に心から感謝する。卒業おめでとう!!

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